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最近に奥さんと話していて、アメリカに来て5年がたっていたことに気づいた。

仕事

グリーンカードを2017年にとったものの、結局は会社が変わる転職はしなかった。チームはコロコロ変えて、今年の夏からは AWS で firecracker-containerd をやっている。2013年に趣味で Docker のソースコードを読んだりしていたのが、給料をもらえる仕事になったのはちょっと感慨深い。人生の伏線がちゃんと回収された感がある。

仕事で書くコードがオープンソースになったのは良かった。

シニアなエンジニアになれなかったのは残念だったけれど、仕事の内容に関してはあまり不満はない。給料が多いに越したことはないけれど、金銭的なところについては、そろそろ、子供の学費とかリタイアする年齢とかから逆算して目標を決めたほうがいいと思う。

家族

子供が二人できた。上の子はトイレトレーニング中。下の子はやっと寝返りができたくらい。

コミュニティ

テック系のコミュニティ活動については低調で、たまに勉強会とかイベントに顔を出してみたりするものの、そこから継続的な関係性が生まれたりすることはなかった。

シアトルのコミュニティは、東京のコミュニティに比べると「中心がない」感じがする。また、ここで比較している東京のコミュニティというのも、私が東京にいたころの時代の話で、今はもっと細分化しているんだろうと思う。

これについては、正直いうと、あんまり頑張らなくてもいいかなあと思う。とりわけ、家族と夕食をとるのをスキップする時間帯の勉強会というのは、自分のライフスタイルに合わなくなってしまった。

もっと広義の、家族と一緒に参加できるような、地域のコミュニティ活動については、もうちょっと参加してもいいかもしれない。

インターネット

ブログはまあまあ続いている。毎年にブログを引越すのは2016年でやめてしまったけれど、Hugo にはそこまで不満もない。

自分の作品と呼べるようなものを作らなくなってしまったのは良くない。ブログを書いたり、勉強会に行ったり、有名ソフトウェアにパッチを送ったりする時間を減らしてもいいので、次の5年は、もうちょっと何か「自分のもの」を作る年にしたいなあと思う。

英語

昔よりはだいぶできるようになった。ノンフィクションとか自己啓発っぽい本は、翻訳を待たずに英語で読んだりもするし、ポッドキャストも色々と聞けて楽しい。

一方で、今の生活を続けるだけでは、これ以上の上達はないんだろうなあとも思う。時制とか発音とか色々あやしいところはあるんだけど、仕事で「間違っていますよ」というフィードバックを受ける機会はほとんど無い。同僚には Toastmasters を勧められたりもしたけれど、まだ二の足を踏んでいる。

社会

大統領が変わった。けど自分の生活圏では大きな変化はなかった。

テック企業、とりわけ巨大テック企業はクールじゃなくなってしまったなあと思う。私がアメリカに来た頃から、シアトルにおけるアマゾンはクールな存在ではなかったし、Cal Newport とかを好んで読んでいる自分はバイアスがあるとは思う。

でも、Elizabeth Warren 上院議員なんかを見ると、なんだか全米的にあんまり好かれてないのだなあ、という気持ちになる。

ふりかえりはほどほどに

2015年もそうだったけれど、ブログで毎月のふりかえりをするようにすると、ふりかえりばっかりになって良くない。良くないというか、本意ではない。

あと、パブリックな場所で内省的なことを書くのには、例えば子供のこととか、書けることに制限があって、これをメインのふりかえりの場所にするのは良くない。書けないことについて考えが足りなくなる。

というわけで、今年のふりかえりはこれで終わりです。ブログは多分つづきます。

Steps to getting your first license: Instruction permits

Your permit is valid for 1 year. You can renew it by visiting an office and paying the renew instruction permit fee.

アメリカの自動車学校には、校内に模擬コースみたいなものは無い。ペーパテストにさえうかってしまえば、そのあとに車を運転するのは、基本的に公道で行われる。その「ペーパーテストにうかったので監督している人がいれば行動を運転していいですよ」という許可証である Instruction Permit の期限が切れかけていたので、更新してきた。

視力検査をして、住所など前回の記載事項に更新がないことを確認して、$25 + クレジットカードの手数料を払えば更新できる。現金で払えば手数料は必要ない。以前に Instruction Permit を発行してもらったときから Driver Licensing Office の場所が移動していて、ちょっとびっくりした。

期限が近づいてきたということは、ペーパーテストを受けて Instruction Permit をとってから一年以内に免許が取れなかったということで、少し残念。残念がっていてもしょうがないので、反省して、最近は会社にいく前に教習所に行って練習している。

車の運転はやっぱりむずかしい。“運転 30代” とか “learning driving 30s” とかで検索したりして、同志を探して自分をなぐさめている。

妻の免許の更新と、子供を実家につれていくために、しばらく日本に帰省していた。

仕事

そういったわけで、仕事に関しては大きな変更なし。

趣味

先月にここに書いたプルリクエスト二つは、

どちらも結果として取り込まれず。FastBoot のメモリ使用量は削減できたので、10月中にマージされてほしい。

読んだ本

  • Cal Newport “Digital Minimalism”
  • 西村直人ほか『Scrum Boot Camp The Book』

“Digital Minimalism” は良かった。影響されて、Feedly や Pocket Casts もしばらくお休みしている。ここらへん、自分の中では (Facebook や Twitter に比べて) 良いインプットという位置付けだったんだけど、そもそもそこまで四六時中インプットせず、なにもしない時間や、考える時間を増やしたほうが良さそうだと、今は思っている。

『Scrum Boot Camp The Book』は、仕事よりはプライベートの色々で、プロジェクトを進める「型」みたいなものを作る参考として読んだ。

ポッドキャスト

Matt D'Avella の The Ground Up Show に Patreon の Jack Conte が出ていた。最近、「簡単で馬鹿な仕組みを、馬鹿だなあと思って使ってほしい」と時系列じゃなくなっていくフィードについて考えていたんだけど、Jack Conte はアルゴリズムの介入に明確に異議をとなえていて、

If somebody likes you enough to be paying you five bucks a month or ten bucks a month, give them all the things. Why should Patreon be the mediator in the relationship between the fan and the creator?

良かった。それってスケールするの? とも思うけれど、Patreon でクリエイターを支援するというのは、要するにお金を毎月払うということで、そこまで量の問題は心配しなくていいのかもしれない。

週報から

  • 会社の人々と Living Computer Museum に行った
  • 子供の新しいプリスクールがはじまった
  • 子供のサッカー教室が再開した

そのほか

2017年に書かれたものだけど、とても良かった。

Cal Newport “Digital Minimalism” を読んだ。

タイトルになっている “Digital Minimalism” というのは著者の造語で、

A philosophy of technology use in which you focus your online time on a small number of carefully selected and optimized activities that strongly support things you value, and then happily miss out on everything else.

という考えかたをいう。世の人々はこれに対して「少しでも便利になる可能性さえあればテクノロジーを使う」という考えかたをしがちで、そこには問題がありますよというのが本書の主張。

大きく二部構成になっていて、前半の Foundations では Facebook に代表されるアテンションエコノミーの問題点と、それに対するミニマリスト的なアプローチを、後半の Practices では、一人で時間を過ごすことの重要性、コミュニケーションの時間と質の改善、余暇の時間のすごしかた、みたいな話題について著者の考察が述べられている。

Cal Newport の他の本を読んでいる人なら知っての通り、著者はそもそも Facebook のアカウントを持っていない。著者の抱えていない問題について、大量の参考文献から論を組み立てているところがあって、そこは少し物足りない。

私個人は、携帯電話から Facebook をアンインストールして、最近はブラウザも消してしまうのを試みている程度には、ミニマリスト的なアプローチをとっているので、前半の Foundations はそこまで目新しくなく、どちらかというと後半の Practices, とりわけ Spend Time Alone のところが印象的だった。

ここで著者は、孤独 (solitude) の価値をとくのだけれど、その定義はかなり狭い。

As Kethledge and Erwin explain, however, solitude is about what’s happening in your brain, not the environment around you. Accordingly, they define it to be a subjective state in which your mind is free from input from other minds.

例えば、帰りのバスでポッドキャストを聞いたり、カフェで本を読んだりするのは、ここでの「孤独」には含まれない。私は、あらゆる空き時間に何かを読んだり聞いたりしてしまう嫌いがあり、そこで読むものに気を配ることはあっても、読まないで考えるというのは選択肢から除外しがちだった。ここはもうちょっと考え直したほうがよさそうに思う。

ブログを書き続ける能力 の、

ブログをある程度コンスタントに書き続ける、というのは、ブログを書く能力の一部な気がする。 書いてないと失われる、というだけでなく、書いている事で続けられるようになる、みたいな部分がある。

に、なるほどと思ったので、久しぶりに月のふりかえりを書いてみる。

仕事

仕事がオープンソースになったので、仕事についてもここに書けるようになったのはめでたい。8月は

あたりの細々とした問題を直していた。9月からはもう少しテーマをもって仕事したい。

あと、せっかく Firecrakcer まわりで働いているので、Firecracker 本体の方にも小さいプルリクエストを送って、これも無事マージされた。

趣味

あまり手を広げずに、crates.io をやっている。仕事でやっているのだから、趣味のオープンソースはやらなくてもいい気もするけれど、なかなかそうはあきらめられないでいる。

前者はそろそろマージされてほしい。後者は仕事の影響でコンテナ力が高まったのを感じる。

読んだ本

  • 『ケーキの切れない非行少年たち』
  • 『老人喰い – 高齢者を狙う詐欺の正体』
  • "Zero to FIve – 70 Essential Parenting Tips Based on Science”

にゃるらさんの感想 をきっかけでひとつめを読んで、そういえばと気になっていたふたつめも読んだ。認知に問題のある人が「つい」法に触れることをしてしまうのが前者の世界で、はっきりした認知と計画性でもって老人むけの犯罪をしているのが後者、というわけで対照的な本だった。

“Zero to Five” はところどころ飛ばしつつ、やっと最後まで読めた。これはとても良かったので、なんとか記憶にとどめて実践する仕掛けを作りたい。

ポッドキャスト

NPR の Planet MoneyThe Indicator をメインで聞いている。あと Changelog 系のいくつかと、友達のやっている Misreading Chat も。

Hidden Brain の Deep Work 回 と、Changelog の Entropy 回 は良かった。

子育てがテーマの The Longest Shortest Time が終わってしまうのは残念。残念といいつつあまりコンスタントには聞けていなかったけど。

週報から

  • Kubernetes 入門した
  • TODO を紙のノートに書き出したらちょっと落ち着いた
  • 子供のプールとサッカーが終わった
  • Rudy's で髪を切った

Kubernetes は、Chef, Ansible あたりの「宣言的にサーバーの状態を記述する」というのが、ついに first-class citizen になっていて、好きな人がいるのもわかるなあという気持ち。

Twitter

読みすぎた。再三書いているけど、インターネットで間違っている人を見つけて怒ったり悲しんでみたりする必要は全くなく、Twitter はそういう感情をトリガーする割合が自分にとって高いので、そろそろ離れて暮らしたほうがいいような気がしている。

2019年8月 (syntax-case実装) でも

Twitter、頑張ってTL構築しても人々の「怒り」みたいのが流れてくるのをもう防げないし、ruby-jp眺めてたほうが目に優しい感じはある

なんて書かれていて、そういう気持ちになるのは自分だけではないないのだなあと思う。

一方でタイムラインを「構築」するという行為自体が、TikTokの発明:起動すると始まること で書かれているような、ユーザーに努力を強いる行為で、それはもうマス向けではないんだろうとも思う。