舎路(シアトル)日記

シアトルで働く日本人プログラマの日記です。

妻の免許の更新と、子供を実家につれていくために、しばらく日本に帰省していた。

仕事

そういったわけで、仕事に関しては大きな変更なし。

趣味

先月にここに書いたプルリクエスト二つは、

どちらも結果として取り込まれず。FastBoot のメモリ使用量は削減できたので、10月中にマージされてほしい。

読んだ本

  • Cal Newport “Digital Minimalism”
  • 西村直人ほか『Scrum Boot Camp The Book』

“Digital Minimalism” は良かった。影響されて、Feedly や Pocket Casts もしばらくお休みしている。ここらへん、自分の中では (Facebook や Twitter に比べて) 良いインプットという位置付けだったんだけど、そもそもそこまで四六時中インプットせず、なにもしない時間や、考える時間を増やしたほうが良さそうだと、今は思っている。

『Scrum Boot Camp The Book』は、仕事よりはプライベートの色々で、プロジェクトを進める「型」みたいなものを作る参考として読んだ。

ポッドキャスト

Matt D’Avella の The Ground Up Show に Patreon の Jack Conte が出ていた。最近、「簡単で馬鹿な仕組みを、馬鹿だなあと思って使ってほしい」と時系列じゃなくなっていくフィードについて考えていたんだけど、Jack Conte はアルゴリズムの介入に明確に異議をとなえていて、

If somebody likes you enough to be paying you five bucks a month or ten bucks a month, give them all the things. Why should Patreon be the mediator in the relationship between the fan and the creator?

良かった。それってスケールするの? とも思うけれど、Patreon でクリエイターを支援するというのは、要するにお金を毎月払うということで、そこまで量の問題は心配しなくていいのかもしれない。

週報から

  • 会社の人々と Living Computer Museum に行った
  • 子供の新しいプリスクールがはじまった
  • 子供のサッカー教室が再開した

そのほか

2017年に書かれたものだけど、とても良かった。

Cal Newport “Digital Minimalism” を読んだ。

タイトルになっている “Digital Minimalism” というのは著者の造語で、

A philosophy of technology use in which you focus your online time on a small number of carefully selected and optimized activities that strongly support things you value, and then happily miss out on everything else.

という考えかたをいう。世の人々はこれに対して「少しでも便利になる可能性さえあればテクノロジーを使う」という考えかたをしがちで、そこには問題がありますよというのが本書の主張。

大きく二部構成になっていて、前半の Foundations では Facebook に代表されるアテンションエコノミーの問題点と、それに対するミニマリスト的なアプローチを、後半の Practices では、一人で時間を過ごすことの重要性、コミュニケーションの時間と質の改善、余暇の時間のすごしかた、みたいな話題について著者の考察が述べられている。

Cal Newport の他の本を読んでいる人なら知っての通り、著者はそもそも Facebook のアカウントを持っていない。著者の抱えていない問題について、大量の参考文献から論を組み立てているところがあって、そこは少し物足りない。

私個人は、携帯電話から Facebook をアンインストールして、最近はブラウザも消してしまうのを試みている程度には、ミニマリスト的なアプローチをとっているので、前半の Foundations はそこまで目新しくなく、どちらかというと後半の Practices, とりわけ Spend Time Alone のところが印象的だった。

ここで著者は、孤独 (solitude) の価値をとくのだけれど、その定義はかなり狭い。

As Kethledge and Erwin explain, however, solitude is about what’s happening in your brain, not the environment around you. Accordingly, they define it to be a subjective state in which your mind is free from input from other minds.

例えば、帰りのバスでポッドキャストを聞いたり、カフェで本を読んだりするのは、ここでの「孤独」には含まれない。私は、あらゆる空き時間に何かを読んだり聞いたりしてしまう嫌いがあり、そこで読むものに気を配ることはあっても、読まないで考えるというのは選択肢から除外しがちだった。ここはもうちょっと考え直したほうがよさそうに思う。

ブログを書き続ける能力 の、

ブログをある程度コンスタントに書き続ける、というのは、ブログを書く能力の一部な気がする。 書いてないと失われる、というだけでなく、書いている事で続けられるようになる、みたいな部分がある。

に、なるほどと思ったので、久しぶりに月のふりかえりを書いてみる。

仕事

仕事がオープンソースになったので、仕事についてもここに書けるようになったのはめでたい。8月は

あたりの細々とした問題を直していた。9月からはもう少しテーマをもって仕事したい。

あと、せっかく Firecrakcer まわりで働いているので、Firecracker 本体の方にも小さいプルリクエストを送って、これも無事マージされた。

趣味

あまり手を広げずに、crates.io をやっている。仕事でやっているのだから、趣味のオープンソースはやらなくてもいい気もするけれど、なかなかそうはあきらめられないでいる。

前者はそろそろマージされてほしい。後者は仕事の影響でコンテナ力が高まったのを感じる。

読んだ本

  • 『ケーキの切れない非行少年たち』
  • 『老人喰い – 高齢者を狙う詐欺の正体』
  • ”Zero to FIve – 70 Essential Parenting Tips Based on Science”

にゃるらさんの感想 をきっかけでひとつめを読んで、そういえばと気になっていたふたつめも読んだ。認知に問題のある人が「つい」法に触れることをしてしまうのが前者の世界で、はっきりした認知と計画性でもって老人むけの犯罪をしているのが後者、というわけで対照的な本だった。

“Zero to Five” はところどころ飛ばしつつ、やっと最後まで読めた。これはとても良かったので、なんとか記憶にとどめて実践する仕掛けを作りたい。

ポッドキャスト

NPR の Planet MoneyThe Indicator をメインで聞いている。あと Changelog 系のいくつかと、友達のやっている Misreading Chat も。

Hidden Brain の Deep Work 回 と、Changelog の Entropy 回 は良かった。

子育てがテーマの The Longest Shortest Time が終わってしまうのは残念。残念といいつつあまりコンスタントには聞けていなかったけど。

週報から

  • Kubernetes 入門した
  • TODO を紙のノートに書き出したらちょっと落ち着いた
  • 子供のプールとサッカーが終わった
  • Rudy’s で髪を切った

Kubernetes は、Chef, Ansible あたりの「宣言的にサーバーの状態を記述する」というのが、ついに first-class citizen になっていて、好きな人がいるのもわかるなあという気持ち。

Twitter

読みすぎた。再三書いているけど、インターネットで間違っている人を見つけて怒ったり悲しんでみたりする必要は全くなく、Twitter はそういう感情をトリガーする割合が自分にとって高いので、そろそろ離れて暮らしたほうがいいような気がしている。

2019年8月 (syntax-case実装) でも

Twitter、頑張ってTL構築しても人々の「怒り」みたいのが流れてくるのをもう防げないし、ruby-jp眺めてたほうが目に優しい感じはある

なんて書かれていて、そういう気持ちになるのは自分だけではないないのだなあと思う。

一方でタイムラインを「構築」するという行為自体が、TikTokの発明:起動すると始まること で書かれているような、ユーザーに努力を強いる行為で、それはもうマス向けではないんだろうとも思う。

Cambridge Analytica 事件をあつかったドキュメンタリー “The Great Hack” を見た。

Cambridge Analytica 社は思ったよりも大きな会社だった

Cambridge Analytica の親会社である Strategic Communication Laboratories は、 普通の広告っぽいものから選挙や軍関係の仕事まで手がけるような、割とちゃんとした会社だった。

ドキュメンタリー自体も「Facebook からデータが流出」というところよりも、Cambridge Analytica の通常業務に対して疑問を投げかけるようなところが多い。例えばトリニダード・トバゴの選挙に関する広告キャンペーン事例として、クライアントのインド系の政党を利するために、アフリカ系の若年層をターゲットに「選挙にいかない」ことを呼びかけるあたりは、倫理的にかなり問題があると思う。

一方で、こういうのは『ドキュメント戦争広告代理店』(2005) あたりからある話だし、広告というのは多かれ少なかれ人々の行動を変えるために打たれるものである。

ドキュメンタリー上で Cambridge Analytica を追い詰める側の一人は The Guardian の記者なのだけど、でも例えば新聞だって、もちろん最終的には人々の行動に影響を与えているはずなのだ。アメリカの新聞はあからさまに党派性があって “endorsements” という形で、この候補に投票するべきだよ、なんて記事が選挙前に載っている。Cambridge Analytica とそれとの間に引かれる一線はどこなんだろう。

広告であることを明確にするというクレジットの問題なのか、資金がどこからきているかまで含めたトレーサビリティーの問題なのか、一定以上の細かさのマイクロなターゲティングがよくないのか、手法を問わず一定以上の効果があるものは武器/兵器として政府か何かの管理下に置かれるべきなのか、Cambridge Analytica のやっていることは行き過ぎていたと思うけど、じゃあどこまでが社会として許されていて、どこまでが実際に行われているのか、というのは私にはよくわからない。

左翼/リベラルのメッセージの弱さの話を忘れるべきではないと思う

Cambridge Analytica は、Donald Trump が勝ったアメリカ大統領選と、Brexit キャンペーンの両方に関わっていて、左翼/リベラルな人々にとっては、なんというかわかりやすく悪者である。

一方で、彼らの関与がどのくらい結果に影響したかというのはよくわからない。ドキュメンタリーの中では「アスリートがドーピングをしたら、ドーピングが結果にどれだけ関与したかに関わらず、結果は取り消しになる」という話でもって、ここの議論を避けているし、それ自体はまあ理解できなくもない。

一方で「盲目な人々が悪いテックな会社にあやつられて投票したのだ!」というのは、ブレイディみかこが EU 離脱に関して批判していたような「あいつらはわかっていない」論のバリエーションであって、ちょっと思考停止の嫌いがある。

Cambridge Analytica は倫理的に疑問のあることをしていたとは思うけれど、それはそれとして、従来の左翼/リベラル的なメッセージが有権者の疑問に答えきれていないのでは、というのは別の問題だと思う。

書くぞ! といってあまり書けていないんだけど、note の話の続き。

個人的には、noteクリエイターガイド “はじめる”編 の、とりわけ

あたりにある、書くためには読まれるべきであるけれど、読まれるためだけに書くべきではない、みたいな姿勢を好ましく思っている。

CXO (Chief Experience Officer) の深津さんも、2019年のインターネットの情報の流れに自覚的で、そこで読まれるにはどうしたらいいか、というところに考えがあって

良いと思う。

ちなみに、同じように情報の流れに自覚的で、同時代的だと思える人に Scrapbox を作っている shokai さんがいて

でもまだ、美文章滅すべしとまでは突き抜けられないなあと思っている。Scrapbox に書くときは基本的に箇条書きで書いてはいるけれど。