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東日本大震災から10年がたった。

10年前のブログを読んでみたら、英語でちょっとした書いていなかったので、覚えているうちに、当時のことをもうすこし書いてみる。

2011年はミクシィで働いていたころで、会社の避難の放送とかそういうのを待たずに、チームの人々と階段を降りて避難したのを覚えている。その後に歩いて自宅に帰って、自分に出来ることはないなあと思いながら、節電のために電気を消してラジオだけを聞いていたら、緊急地震速報の音があまりに怖くて、住んでいたところの近くの焼酎バーみたいなところに逃げ込んでちょっとお酒を飲んだりしていた。携帯はつながりにくくなっていたからか、基地局への負荷を軽減したかったのか、家族に公衆電話をかけたりもした。LINE はまだなかった。

その後の話は、2012年に日本語で地震をふりかえったものがあって、それ以降は書いていない、はず。アマゾンに転職したあとの2013年には、ボランティアで2回ほどいわきに行ったりしていた。このボランティアはハッカソンとかそういうクールなものじゃなくて、ただ力仕事をするだけなのが良かった。

私は福島県の生まれなので、色々な人が福島について「がんばれ」から「住みたくない」まで、色々な意見をもっているのは不思議な感じがする。不愉快だと思うこともあるけれど、一方で安全性について何か語れるほどわかってもいない。

楽しい出来事でもないし、自分で何かができるものでもないので、目をそらしていたところはあるのかもしれない。でも10年という期間でみたときに、自分の理解がほとんど深まっていないのは、ちょっと酷い。今年の終わりまでには何冊か本を読んで勉強したい。