舎路(シアトル)日記

シアトルで働く日本人プログラマの日記です。

大企業の存在感

Dec 8, 2017

2000年代の初頭を、Web かつ LAMP よりの開発者としてすごしたのは、自分のソフトウェア業界のみかたに影響を与えていると思う。

当時は、Microsoft の勢いに陰りがでていて 1、一方でクラウドやスマートフォンはこれから、Google は検索エンジンとしては圧倒的だったけど自社のブラウザは持っていない、という時代だった。

こういう状態が数年のあいだ自分にとっての「普通」だったので、スマートフォンが出てきて、アプリケーションの流通が企業に握られて、サーバー側もあまりソースコードが読めなくなっていって、人々が Google I/O や WWDC みたいな企業主催のカンファレンスを心待ちにしているという現状をみると、だいぶ遠くにきてしまった感がある。

Paul Graham がもうひとつの未来への道 (2001) で書いている

デスクトップソフトウェアを書こうと思ったら、マイクロソフトの土俵にあがらなくちゃならない。OSのバグを回避しつつ、彼らのAPIを呼ばなくちゃならない。そしてやっとのことで、売れるソフトウェアを書き上げた時、あなたは単にマイクロソフトのマーケットリサーチをやっていただけだったということを知るのだ。

というのは、デスクトップとマイクロソフトを何か別のものに入れ替えたら、最近もわりと既視感のある話なんじゃないかと思う。ここから完全に逃げられるかとぼんやり思っていたんだけど、そう上手くはいかなかった。

一方で、当時こそが、時代の移り変わりの谷間の特殊な期間だったんじゃないか、とも思う。私より前の世代や別のスタックに住んでいた人だったら、Microsoft の黄金期だったり、商用 Unix だったり、ソフトウェア業界における大企業の存在感というのは、あたりまえのことなのかもしれない。


  1. 2007年に、Paul Graham がマイクロソフトは死んだという文章を書いている。 [return]