舎路(シアトル)日記

シアトルで働く日本人プログラマの日記です

父の死

Mar 24, 2017

父が死んでしまった。大動脈解離での急死だという。

3月8日に連絡をうけて、会社を早退し翌日の飛行機をとり、妻と娘をつれて日本に帰り、私の実家のほうで告別式と葬儀をして、市役所などで事務手続きを色々とすまし、妻の実家のほうにも顔を出し、3月23日にやっとシアトルに帰ってきた。

娘はそろそろ四ヶ月になるところで、最期に初孫と会わせようと連れて行ったのだけど、乳幼児をつれて飛行機にのり、電車にのり、日本を移動するのは、想像していた通りに大変だった。「会わせよう」なんていうのは私達の都合で、父は死んでしまっているし、娘は父の葬儀なんて忘れてしまうのは分かっている。それでも、家族や親戚の多くに娘を会わせる機会をもてたのは良かったし、彼女の存在は場を多少なりとも和ませた。

葬儀の手配や事務処理の洗い出しは、妹達がだいぶ進めてくれていた。私も喪主として挨拶をしたり、市役所に書類を提出しに行ったりはしたけれど、これらは穴埋め問題を解くようなもので、頼もしい反面、すこし自分が情けない。英語とプログラミングさえ出来ればどこでも働けるなんてふりをして、それでも実家から遠く離れて暮らすのを選んだことに、ちょっと弱気になってしまう。

この忙しい二週間のうちに、感情はだいぶ整理できたと思う。それでも、ふと父が死んでしまったということに考えを巡らせはじめると、悲しさとか寂しさとか、もっと色々話したかったとか、初孫を生きているうちに会わせたかったとか、そういう後悔や残念さが、皿洗いの後のスポンジをしぼったときのように、滲み出てくる感じがある。