37signals の Getting Real の日本語訳 を読んだ。とてもおもしろいし、あこがれるけど、「仕様書とか設計とかあとでいいんちゃう」みたいな Paul Graham 的「癒し系」もあって少しあぶない。
例えば「機能がないことの価値」だ。最近そういう意図を表明する人も多いけど、ちょっとでしゃばりというか、こだわりすぎというか、Steve Jobs を目指して、たいして旨くもないのにやたら頑固な(そして頑固さが旨くなさを支える)ラーメン屋の親父みたいになるのは嫌だと思う。
Steve Jobs は自分よりセンスが良いだろうというのはもちろんだし、Jobs はデザインもプログラミングもしないところも気になる。個性と、実際に実装する人とのあいだには、一定の距離が必要なんじゃないだろうか。
あるいは、アノニマスなデザインというやつを目指したいのかもしれない。
37signals はいりたい!となったあとにちょっと思い出したこと。Google 社員の 全部取り消すから金をくれ! に良いことが書いてあって
そしてあなたがGoogleにいるのでない場合、多くの優れたエンジニアがそうであるわけだが、それでもGoogle的というのがどういうことなのか、あなたはわかっているだろう! それは「最低」の反対ということだ。あなたの組織やチームや小さなキュービクルの袋小路が非Google的だというなら、修正することだ! Google性はGoogleに限定されることではない。現在たまたまGoogleで広く見られるというにすぎない。
37signals 性というのも 37signals に限定されるものではないんだろう、というか "Getting Real" はそれを限定しないための本なわけだ。
なんか作ろう。
